第10話 スイッチ
流れを断ち切るほうが、速い?

 世の中にはいろんなスイッチがありますが、大半のスイッチは入れることによって流れが起きて何らかの動きが始まり、切ることによって流れが止まり動作が終わります。一般にスイッチと言えば電気回路のそれを指しますが、日本語でスイッチのことを「開閉器」と呼ぶように、門あるいは堰を開けて流れを起こし、閉じて流れを断つわけです。

 ところが中には、通常ある流れを断って動作が起こる逆のスイッチがあります。たとえばお店の入り口にある赤外線を使った来客のお知らせチャイムのようなものです。常に赤外線を照射し反対側の赤外線センサーで受けています。赤外線を受けている間はスイッチが入らずに、誰かがやって来て赤外線を遮るとスイッチが入ってチャイムが鳴ります。

 実は網膜の光を感じる細胞(視細胞)も、同じようなメカニズムで光が目に入った時の信号を脳に送っています。

 細胞ではナトリウムやカリウムなどのイオンが出入りしていますが、視細胞では光が当たるとイオンの通り道を閉じて、流れを遮断します。この流れが断たれたことが刺激となって、脳のほうへ信号が送られ、頭で光を感じることになります。

 この一見、逆さまのような、このスイッチングのシステムに何か利点があるのでしょうか?



ひとつは、反応が速いのではないでしょうか?

 スイッチがONになって流れが始まるタイプでは、流れが信号が出るレベルになるまで、少し時間が必要でしょう。これに対し、流れが遮断されるタイプでは、信号が出るレベルに落ちるまで速いと考えられます。

 たとえば、右の図のようなシーソーを動かそうとした場合、からっぽの箱に砂をどんどん貯めて動かすより、もともとバランスが取れるより少し重く入っていた砂を抜いていくほうが、明らかに速いはずです。

 目が動いたり、頭が回転したり、網膜に映る絵は次々と変わっていきます。網膜の反応が遅いと、身体の動きとズレが生じてしまいます。また、あまり速い動きのものを見ようとすると、一昔前のコンピュータのディスプレイのように、マウスを速く動かすと、ポインターが消えるような事態になるでしょう。
 そのために、網膜の反応は速いほうが良いのです。
もう一つの利点は、システムに異常が生じた時に、すぐに分かることではないでしょうか?

 先の来客お知らせチャイムでは、赤外線が出なくなったり、センサーが壊れたりすると、チャイムが鳴りっぱなしになって、異常を知らせます(チャイムが壊れた時はなりませんが)。もし、これが赤外線が当たってチャイムが鳴るようになっていれば、どこが故障してもチャイムが鳴らなくなり、誰か来ても分からないし、故障自体に気付くのも遅れます。

 鉄道の信号も同じです。いつも電流が流れていて青信号が灯っていますが、列車が来てこれをショートさせると赤になります。また、2本のレールを金属棒などでショートさせたり、レールが外れたりするなど、線路にトラブルがある場合も信号は赤になり、列車を止めるとともに異常を知らせます。

 網膜の場合も、網膜が引っ張られたり、圧迫されたりすると、光が当たらなくでも信号が出て、光が走ったり、ぼうっと明るくなったりして異常を知らせることがあります。網膜剥離の前兆や腫瘍の影響だったりします。もっとも光を感じる細胞が完全にダメになると、暗くなってしまいますが(来客チャイムのチャイムまで壊れた時と同じです)。








 人が作り出したシステムで、この両方の特徴を持つのが、列車のブレーキシステムです。

 鉄道が出来た頃は引っ張る客車や貨車も少なく、機関車のブレーキだけで充分でしたが、列車が長くなってくると機関車だけでは安全に停められなくなります。そこで列車の前から後までホースをひいて、これに機関車から圧をかけた空気を送り、その圧でピストンを動かしてブレーキをかけるシステムが作られました。
    

 しかし、さらに列車が長くなると後の車両まで圧力が上がるのに時間が掛かり、ブレーキの掛かりにタイムラグが生じてしまいます。ブレーキの掛かった前の車両を、まだ掛かりの弱い後の車両が押す形になり、悪くすれば、脱線してしまいます。
 また、もし、ホースに穴が開いたり、外れたりすると、そこから空気が抜けて全部の車両のブレーキが掛からなくなり、大変危険です。

 そこで、ひとつ一つの客車・貨車が圧力をかけた空気のタンクを持ち、それでブレーキピストンを押すようにします。機関車から送られる空気はこの圧力に対抗してピストンを押すので、発車する時に機関車から圧力をかけてブレーキを緩め、停まる時に機関車からの圧力を下げてブレーキをかける形になります。
 つまり、通常の状態(走行中)は空気が常に送られていて、ブレーキが作動したい時に、この空気の流れを断って列車を止めるという逆のスイッチです。

     

 客車のタンクの圧力より機関車からの圧力が少しでも下がればブレーキがすぐに掛かるので、反応が速く、前と後でのタイムラグも少なくなります
 また、ホースが外れるようなトラブルがあれば、機関車からの圧力が抜けて、列車全体にブレーキが掛かるので、安全です。
 逆のスイッチの2つの利点をちゃんと持っています。

 現在の最新車両では、ブレーキの指令は電気信号で送られ、ブレーキのかけ具合もコンピューター制御だったりしますので、上で述べたようなシンプルなシステムはなくなりつつありますが、性能・安全の両面から良くできたシステムと言えます。

 このように、スイッチと言えば入れた時に電流が流れるものと一般には理解されていますが、今回お話ししたような逆のスイッチ、流れが止まることにより入るスイッチというのも、使いようによっては、便利で性能良く、安全であるシステムに貢献しているのです。
 そのシステムを人間が考え出すずっと昔から、自然界では必要に応じて使用してきていたのですね。

 やはり自然は凄いと言うことになりますか。