第8話 過ぎたるは・・・・・
きれい好きもほどほどに

 今回は、今大きな問題になっている耐性菌の繁殖するメカニズムについて、環境問題を絡めながらお話ししましょう。

 障子や襖、それに畳と、次々と新しい物に取り替えられるようなシステムを採用している日本人は元来きれい好きなのでしょう。さらに最近はもっと進んで、昔、魚屋さんでも八百屋さんでも買ったものを包んでくれるのは新聞紙でしたが、いつのまにか発泡スチロールのお皿と透明ビニールでパックするのが当たり前です。でも、ここ10年くらいのきれい好きのエスカレートは異常とも言えます。

 おじさんが使ったボールペンを握るのは不潔だというOLの訴えからはじまった抗菌仕様のグッズは、当時、世間を騒がせた病原性大腸菌O157事件という追い風を受けて、瞬く間にいろいろな分野に拡がりました。

 確かに、手術室の壁や床のように抗菌処理が必要な場所もありますが、どうせ降りた時にドアや取っ手を触ってしまうのに車のハンドルに抗菌仕様が必要なのでしょうか?ましてや乳幼児の使う食器や玩具に抗菌仕様を施すのは、抗菌剤に重金属がよく使われることを考えると、却って危険とも思われます。さらに無闇に抗菌剤を使用することは、思いもよらない菌や耐性菌の繁殖を引き起こすことがあります。

 人間には、もともとたくさんの雑菌が住み着いています。腸内細菌のように重要な役割を担っている菌から、特にこれといった仕事がないように見えて、逆に時に軽い悪さをする菌まで様々です。

 皮膚にもたくさんの菌が暮らしていますが、これはどちらかというと後者です。普段はなんの働きもしていないように見え、時々できものなどを作ったりしますから、不必要どころか退治してしまうべき菌のように思えます。しかし、これがそうではないのです。

 皮膚の上では、いろいろな種類の菌がお互いを牽制しながら自分のテリトリーを守って生きています。一種類の菌だけが増えすぎることもなく、全体としてバランスが取れていて落ち着いています。独裁政治ではなく、多党による良い意味での民主主義政治と言えますか。また、外から別の菌が入ってきても、よほど悪い菌でなければ突然増え過ぎることはなく、全体のバランスの中へ取り込まれ、安定していきます。つまり、外界からの侵入者から体の表面を守っているとも言えます。

 では、異常に洗いすぎたり、抗菌剤を使ったりして、菌を一掃したらどうなるのでしょう。

 何もいなくなったところに、たとえ弱い菌でも入り込むと、ライバルも天敵もいないので爆発的に繁殖します。数があまり多くなると悪さもそれなりに大きくなりますので、病気が起こることも充分考えられます。
 MRSAに代表される耐性菌はたまたま、ある種の抗菌剤に耐えうる能力を持った菌ですが、珍しい菌ではありません。力も弱く、病原性も弱い菌で、いつもはたくさんの菌の陰で細々と暮らしています。しかし、抗菌剤の使用で他の菌がいなくなると誰も邪魔するものがいませんから、突然に増えて悪さをするのです。

 こういったことは、もう少し大きな自然界でも見ることが出来ます。
 家畜を襲うからとオオカミを殺しすぎると、鹿が増えすぎ、その鹿に荒らされた森林で洪水が起きるといった話を聞きます。また、環境の悪化により天敵である大型の鳥が住めなくなった街中で、スズメバチが繁殖し人が襲われることもあります。


 マクロの世界もミクロの世界も、長い時間をかけてバランスのとれた状態を形作りました。かっては人間のすることも、そのバランスの中にうまく吸収されて、問題になることはなかったのですが、あまりにも人口が増えすぎたためと、いろいろな機械や器具、薬剤を発明し、大がかりなシステムを構築するものですから、影響の規模が桁違いになり、自然の柔軟性の中に吸収しきれなくなったのです。

 自然の中で不必要なものはないようです。ひとつひとつが大事な歯車で、そのうちのどれが欠けても全体がうまく廻らなくなり、バランスが崩れ、つぎつぎに他の歯車も抜け落ちていくのではないでしょうか。

 小さな細菌もそれなりの役割を担っており、また細菌が住めないようなところには人間も住めないと言えましょう。無論、必要な時は殺菌剤も抗菌剤も使わなければなりませんが、行き過ぎたきれい好きは考えものです。過ぎたるは及ばざるがごとし、ですね。

 地球、太陽系、銀河系、さらにその外の宇宙へ・・・。ちっぽけな人間の浅知恵などとうてい及ばないほど、自然は偉大と言うことになります。